ニーチェの超人思想に関する論考 その1

ニーチェの思想で先ず第一義にあるのは「永劫回帰」という思想です。

「すべてのものは平等に無価値であり、終わりも始まりもない永劫回帰という究極のニヒリズムから、運命愛にいたり、無から新価値を創造、確立する強い意志を持った者をニーチェは超人と呼んでいる。しがらみも伝統も秩序もまったくの無であるということは、そこからあらゆる新価値、新秩序が構成可能だということである。」wikipediaより

永劫回帰
「永劫回帰は生への強い肯定の思想であると同時に、「一回性の連続」という概念を念頭に置かねばならない。つまり、転生思想のように前世→現世→来世と‘生まれ変わる’ものでは決して無く、人生とはカセットテープのように仮に生まれ変わったとしても‘その年その時その瞬間まで、まったく同じで再び繰り返す’というものである。 仮に2006年、あなたはブルーの服を着て、白いズボンを履いて14:45に目黒駅前の明治学院行きバス停でタバコを一服していたとしよう。命尽きて生まれ変わっていたとしても、2006年、あなたはブルーの服を着て、白いズボンを履いて14:45に目黒駅前の明治学院行きバス停でタバコを一服している。リセットしてカセットテープを巻き戻しただけの状態になる。これが「一回性の連続」である。それを永遠に繰り返す。故に、己の人生に「否」(いな)と言わず、「然り」(しかり)と言う為、強い人生への肯定が必要なのである。」wikipediaより

わははははは。大変面白い思想で、私は十年ほど前、このニーチェの永劫回帰思想をそのまま真理だと認めたことがありました。
この「永劫回帰」思想というのは、キリスト教の「終末における救済」に対するアンチテーゼなんですね。
そこは善し。「キリスト教」は人類史において、結果的に世界中に不幸をまき散らした宗教ですからね。
ニーチェ、とっても革新的。

ただ私は、「転生思想」を無下に否定するなんの判断材料もないので、「転生」については、今現在肯定も否定もできない。
「神は存在するのか、しないのか」という命題と同様、その答えは、各々の「選択」の問題にならざるを得ないのです。

現在の私たちには、百年以上も前のニーチェの哲学を更新する情報も手にしているのです。
言うまでもなく、それは「スピリチュアル」という部門の情報ですが、しかしこれも、「肯定、否定」、「信じる、信じない」の各々の判断と選択という縛りを免れることはありません。ある論考を進めるためには、論者が一択する「仮説」を当面の基準とする必要性が生じますので、ここでは、「スピリチュアル肯定派」としてのスタンスを取ってお話を進めてまいります。

「宇宙には、一定不変なものはなにもない」というスピリチュアルの教えを採択する者としては、上記の永劫回帰の説明、「仮に2006年、あなたはブルーの服を着て、白いズボンを履いて14:45に目黒駅前の明治学院行きバス停でタバコを一服していたとしよう。命尽きて生まれ変わっていたとしても、2006年、あなたはブルーの服を着て、白いズボンを履いて14:45に目黒駅前の明治学院行きバス停でタバコを一服している。リセットしてカセットテープを巻き戻しただけの状態になる。」というのは、ギャグとしては面白いとしても、現実にそれはそうはならない、と思います。尤も、この説話は、ニーチェ本人がそう言ったものではなく、現代の日本の誰かが解釈してwikipediaに書き込んだ「永劫回帰」の説明なのでしょう。

一方、「アトランティス」の興亡の説話などにも見られるように、人類はこれまで何度も滅びを体験している、つまり今ある文明や科学は今現在に特別な新規なものではなく、過去何度も何度も、科学と文明の発展と衰亡、破滅を繰り返している、という意味では、「同じことを繰り返す」サイクル、即ち「永劫回帰」と見て取ることができます。

すると、「永劫回帰」は「輪廻」そのもの、と解釈できるのですが、ニーチェは「輪廻」を否定しているわけです。このあたりが訳が分からなく、ニーチェ自身も訳が分からなかったので、ニーチェは後に発狂したのではないかと思います。あんまり考えすぎると、発狂してしまうのです。

ただ、私がニーチェを評価するのは、その「大胆な選択」です。当時のヨーロッパにおいて、支配的なキリスト教的価値観に真っ向から反対し、まるで現代の「パンク」のような過激で革新的な思想性をもって、全く新しい価値観の創造と「超人思想」という概念を提示した、その「選択」です。

さあ、でました、「超人思想」。
これが「曲者」なんです(笑)

続きますが、一旦ここで、区切ります。もりおんさんとの約束を果たしたことにはなるでしょう(笑)

この記事へのコメント

kei
2019年08月20日 01:07
こんばんは。

〉己の人生に「否」(いな)と言わず、「然り」(しかり)と言う為、強い人生への肯定が必要なのである。

ずっと0010さんも仰ってたことですね。
マザーテレサも同じ様な事を言っていた記憶があります。

100年も前にこう言った一連のことを唱えていれば、抵抗も大きかったのは
想像に難く有りません。今なら、多くの理解を得ていたと思います。

0010さんの目の付け所がやはり素晴らしいと思いました。
0010
2019年08月20日 22:52
keiさん

こんばんは!

実は自分の中でも完全には纏めあがっていない状態での見切り発車の「ニーチェ」の論考ですが、とても快いフィードバックをいただけて、ありがたいですし励みになります。
なんか今回の作業は、本気で「ニーチェの哲学を現代のリアルな人間の視点でアップデートする」というものになるのかもしれないという、そんな大それた、自分でも意図していなかった方向にいく予感がしているのです。
そもそも「何故今頃ニーチェ?」って自分でもわからないので、これは大いなる意思が関与しているのかも知れません(滝汗)

そして、今後書いていこうとしている三つのテーマである「無神論」「ユダヤ」「ニーチェ」が、有機的に密接に繋がり合っているんです。故にどこからどう掴んで書いたものか、混乱して、非常にまとめるのが難儀なテーマでもあります。とほほ。

記事は基本週末にしか更新できませんが、がんばって書いてみよう!と思ってます。

ありがとうございます。

kei
2019年08月20日 23:24
実は、ここ数日の気付きがニーチェの哲学に見事に符合していて、
とても驚いています。
いつもながら0010さんのハイヤーセルフは、読書をすっかりお見通しですね。

あらゆるものに、意識をどう向けたらいいのか、
どの様に関わっていけばいいのかも、
まるでパズルが解ける様に理解が進みました。
今思えばメッセージは何度も受け取っていたのに、
「あーこう言うことだったのか」と言う思いです。
ありがとうございました。

ユダヤ陰謀論がどう繋がるのか、とても気になります。

0010
2019年08月21日 01:26
keiさん

>いつもながら0010さんのハイヤーセルフは、読者をすっかりお見通しですね。

「私の読者の人は私が思う以上にさばけているので何を書いても心配ない」という私の読みが当たっていたようで、嬉しいです。尤も、まだほとんど本題の核心のところは何も書いていないのですけれども、今回の私の「突然のニーチェと突然のインスピレーション」は、是非私のブログの読者の方々にこそお伝えしたいことなので、お付き合い下さい。

ユダヤの隠謀論とどう繋がるのか、そうまさに、全ては一つに繋がってる、ということ、世界と歴史は複雑怪奇であるようで、実はシンプルでもある、ということ、目下の世界を支配しているエリート達の心理等々。そして最終的に、「目下大切なのは、自分が今日接する存在たち(人、動物、自然)」であることを、書くことになると思います。
2019年08月23日 17:00
ありがとうございます!! (^○^)

また近々、電話しますね。 笑
0010
2019年08月24日 20:51
もりおんさん

こちらこそ、感謝しております("⌒∇⌒")